バレエが好きな理由の一つ。
それは、踊りを通して「色んな人生を体験できる」ところです。
演じる役は人に限らず、妖精だったり動物だったりすることもありますが、
自分以外の「誰か」「何か」になれると言うのは特別な体験だと思います。
今、取り組んでいる「ラ・バヤデール」のニキヤと言う役は、
いつか挑戦してみたいなと思っていたキャラクターの1人です。
(「ラ・バヤデール」の物語は、以前のエントリー「三角関係」に登場しています)
私の中でニキヤは、神に仕える質素な女性と言うイメージです。
彼女の世界には神と恋人ソロルへの愛の2つしか存在していない。
そんなシンプルな生き方をしていた彼女が、突如、二つしかない「片方(ソロル)」を奪われた、その衝撃たるや相当なものだったと思います。
もう呆然とするしかないほどに。
でも、それを奪おうとする張本人ガムザッティに「身を引け」と言われた時には毅然と言い返すプライドも、ソロルの愛に対する自信も彼女にはあります。
カッとなって思わず刃を向けてしまう激しさも。
この時点では、ニキヤはまだ恋人の裏切りを「信じてはいなかった」のだと思います。
でも、一番話を聞きたいソロル本人から何の弁明もないまま彼女は婚約式に呼ばれて、そこで初めて決定的な現実を突きつけられてしまいます。
自分の愛する人が別の人と手を取り合い婚約する様子を目の前で見せつけられ、それを祝福しろと言われるのは一体どう言うことなのでしょう。
踊りの中で、ニキヤは何度もソロルの方に手を差し伸べます。
それはきっと、彼に「違う」と言ってほしいから。
何度も神に祈りを捧げるのは、「どうかこれが夢であって下さい」「助けて下さい」と言う心からの叫び。
それでも、愛するソロルから何度も目を背けられ、彼女の中にあった一分の望みは風前の灯となってしまいます。
消え入りそうな思いで「もう一度だけ」と歩み寄ると、恋人は目の前で別の女性にキスをしている・・・。
耐え切れない絶望感にその場を逃げ出そうとする時、「ソロルから」と言う花籠が登場します。
これこそ、ガムザッティ達の陰謀により準備された「毒蛇入りの花籠」。
すなわち、彼女の命を奪うことになる存在です。
でも、精神的にギリギリのところにいるニキヤは「ソロルからの贈り物」と言う言葉を素直に信じてしまう。
何もかもを失った彼女にとって、自分にもう一度起き上がる力を唯一くれるもの、それが「彼はまだ自分を愛している」と言う希望であり、プライドだったのだと思うのです。
空っぽになったニキヤにもう一度息吹を与えてくれた花籠。
厳しい身分社会で生きてきた彼女は、この現実がどうしようもないことは頭では十分理解しているけれど、それでも、「2人の心はまだ繋がっている、彼は私を愛している」と言うことだけが、生きる支えになったのではないか、と思うのです。
ソロルはガムザッティとの結婚を命じられる以前に、神の前でニキヤへの愛を誓っています。
それこそがニキヤにとって信じられることの全てだったとしたら、彼女は精神的なつながりだけを頼りに生きていこうと心に決めたのではないか、と。
でも、ヘビに噛まれ、自分が騙されていたことを知ったニキヤは、苦しみながらも全てを悟ります。
ガムザッティの企みも、花籠がソロルの愛の証ではなかったことも。
そして苦しんで苦しんでもがいているのに救い出してくれないソロルの不実な姿に絶望したのではないかと思うのです。
バラモンから助かるための薬を渡された時、一瞬だけニキヤは「この苦しさから逃れたい」「生きたい」と言う思いに駆られたのかもしれません。
一瞬だけ助かる道を選ぼうとした。人間だから。
でも、振り返ったらそこにはやっぱり残酷な現実しかなかった。
愛する人は自分に背を向け、自分を陥れた相手の手を取って消えていこうとしている。
だから、ニキヤは生きることをやめてしまった。
単に毒が回って息絶えたのではなく、強い意志で死を選んだのだ、と思うのです。
(そこで薬を貰ってバラモンの愛人として生きていく選択をしないことが、ニキヤがニキヤたる所以なのだと思います。)
ニキヤの死の直接的な原因は、毒蛇に噛まれたこと―すなわち「他殺」だったわけですが、実質的には「自殺」でもあったのだと考えています。
彼女は自ら助かる道を捨てた。
それは、「ソロルの愛のない世界では生きていたくない」と言う思い、そして、神に仕える立場の彼女にとって、今まで抱いたことのない「嫉妬、憎しみ、絶望、怒り、裏切り」等と言った暗い感情に呑まれそうな自分を消し去りたかったのではないか、と。
ドロドロとした負の想いに呑みこまれてしまう前に。
自分の最後の誇りを守るために。
ニキヤは所謂「悲劇のヒロイン」ですが、
ただただ運命に翻弄されたのではなく、意思を持って立ち向かおうとした女性のようにも思えます。
彼女の根底には「神への信仰」と言う存在が常にあり、その信念をもとに、彼女は自らを律してきた。
最初の登場シーンから、ニキヤには自立した強さを感じます。
バラモンに「自分のものになれ。お前が望むなら、地位も何もかも私は捨てても良い」と迫られた時、ニキヤは毅然とそれを拒絶します。そして、バラモンに自分の立場を思い出すように諭してもいます。
ニキヤの「No」と言うメッセージは余りにも強烈で、付け入る隙などないように感じます。
何も知らない、余りにも純粋な人であったならば、バラモンに告白された時点でかなり動揺するはずだと思うのです。
本来は高潔でなければならない存在の人物から、酷く俗的に自分のことを求められたのですから。
でも、ニキヤはひるむことなく、真っ直ぐにそれを跳ね除けています。
つまり、ニキヤはそう言う感情や、そう言うことをする存在がこの世にはあるのだと言うことは既に知っていたのだと思うのです。
知っているけれど、自分はそこには足を踏み入れない、きっぱりとした一線を引いていたのだ、と。
だからこそ、あの婚約式での悲劇に繋がっていくのではないかと想像しています。
役に対する解釈は、千差万別、踊る人によって様々あると思います。
自分なりに頭の中でその役柄や背景をあれこれ考察していますが、実際にそれを踊りの中で表現することはとてもとてもとても難しくて、そのギャップに随分悩まされる毎日です。
また、踊りを重ねていく中で、少しずつ自分の考えていたイメージとは変わってきたり、新しい何かが見えてきたりすることもあります。
試行錯誤の連続。
踊るたびに苦しくなってしまいますが、それでもやはり、この役に出会えて幸せだな、と思っています。

