翌朝、結婚式の準備のためにいそいそと入ってきた乳母はジュリエットの死に衝撃を受け、キャピュレット公とキャピュレット夫人も悲しみに打ちのめされます(やはり彼らは娘を愛していたのだと再確認出来るシーンでもあります)。
霊廟に横たわるジュリエットが本当に死んでしまったのだと思い込むロミオは、ジュリエットの側にいたパリスと揉みあい、殺してしまいます(パリスはつくづく可哀想な存在ですね・・・)。
バルコニーのシーンや寝室のシーンでのパドドゥで用いられた2人の愛の旋律がここでも流れますが、仮死状態のジュリエットはパリスと踊っていた時よりもさらに生気を失い、だらりと力なく横たわるばかり。
原作の中でロミオは、「死して」なお変わらぬ美しさを保ち続けているジュリエットに
ROMEO: "Thou art not conquer'd (死はまだ君を征服してはいない)"
と語りかけていますが、このパドドゥを見るたびに、ロミオの諦めきれない想いが伝わってきて涙が溢れてしまいます。
反応のないジュリエットを激しく揺さぶるのは、何とか生き返らせようと言う想いからの行為なのではないか、と。
この物語の結末を知っているからこそ、「その通り、ジュリエットは死んでなんかいない、もう少し諦めずに頑張っていたら目を覚ますのに!」と教えてあげたい衝動にも駆られます。
ロミオが服毒して倒れるのとほぼ時を同じくしてジュリエットはついに目を覚まします。
最初は自分のいる場所(霊廟)の恐ろしさに震える彼女。
しかし、ロミオの存在に気付き、彼に駆け寄ります。
目の前にあるのは明らかに生気のない夫の姿。手に持っているのは毒。事情を察した彼女は、毒を自分も飲もうとしますが、瓶は既に空の状態であり、唇に残っているかもしれない毒で後追いをしようと試みます。
キスをして泣き叫ぶジュリエット。
JULIET:"Thy lips are warm. (あなたの唇、まだ温かい)"
物凄く残酷なシチュエーションだなと思います。
バレエでも、ロミオが死んだ直後にジュリエットが目を覚ますものがほとんどですが、まだ唇に温かさが残っているほど僅かな時間差で愛する人が(誤解をしたまま)命を断ったとしたら、「止められたかもしれない」「自分達は幸せになれたかもしれない」と言う想いで悔やんでも悔やみきれないだろうと思います。
(パドドゥから一連の流れで、このニアミスを私達は目の当たりにし、結末が分かっていながらもヤキモキとさせられるのです。)
躊躇わずに短剣で自分の胸を刺し、ロミオの後を追うジュリエット。
その場に崩れ落ちながらも、何とか這いつくばってロミオの側へと近付いて行き、そして彼の手を取って死んでいく姿は、最初の愛らしい少女の姿からは想像も出来ないほどに壮絶です。
ジュリエットは僅か数日間で、一気に大人への階段をかけあがっていきます。
都さんのジュリエットは、物語を通してどんどんと強く逞しく成長していく姿が圧巻でした。
シャイで内弁慶のようだったジュリエットが、恋を知り、与えられるのではなく自分で選んでいく術を覚え、守ってもらうのではなく守る強ささえも手にしていく。
でも、全くの別人へと成長しているのではなく、登場シーンから一貫してそこにあったジュリエットの一途さ、まっすぐさ、少女らしさはずっと失われずに存在していて、これが数日間の出来事であることをリアルに感じました。
英国ロイヤル・バレエ団
「ロミオとジュリエット」
2010年6月27日(日) 18時開演
東京文化会館
ジュリエット:吉田都
ロミオ:スティーヴン・マックレー
マキューシオ:ブライアン・マロニー
ティボルト:トーマス・ホワイトヘッド
ベンヴォーリオ:セルゲイ・ポルーニン
パリス:ヨハネス・ステパネク
キャピュレット公:ギャリー・エイヴィス
キャピュレット夫人:ジェネシア・ロサート
エスカラス(ヴェローナ大公):ベネット・ガートサイド
ロザライン:タラ=ブリギット・バフナニ
乳母:クリステン・マクナリー
僧ロレンス:アラステア・マリオット
モンタギュー公:アラステア・マリオット
モンタギュー夫人:ローラ・マッカロク
ジュリエットの友人:リャーン・コープ、べサニー・キーティング、イオーナ・ルーツ、
エマ=ジェーン・マグワイア、ロマニー・パジャク、サマンサ・レイン
3人の娼婦:ヘレン・クロウフォード、フランチェスカ・フィルピ、ラウラ・モレーラ
マンドリン・ダンス:ホセ・マルティン、
ポール・ケイ、蔵健太、ミハイル・ストイコ、アンドレイ・ウスペンスキー、ジェームズ・ウィルキー
舞踏会の客、街人たち:英国ロイヤル・バレエ団
指揮:ボリス・グルージン
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団




