たとえば、見知らぬ人に何かヒトコト言うとき、相手が激しく言い返すような強さを持っているなら、恐らく人は躊躇するだろう。
逆にそのヒトコトで、立ち直れないくらい大きなダメージを受けるようなの弱さを垣間みせれば、恐らく人は言いたいヒトコトを飲み込むだろう。
アタシはちょうどその中間いる。言いたいことが山のほどある人にとっては、気軽にヒトコト言えるカテゴリーに入る、無害な女。
ヒトコト言っても、「何か困った事態になることはきっとない」と思われているに違いない匂いを醸し出している。きっとね。
通りすがりの人との会話で、どうにもこうにも消化しきれない気持ちが残ることがある。"いい逃げ"とでもいえばいいだろうか?
娘が1歳を迎えた年のある冬の日のこと。
いつものように娘をベビーカーに乗せ、保育園から自宅に向かっていた。その頃の娘は、ベビーカーの上で靴下をぬいでは、それを道路めがけてぽいっと投げ捨てるのが"趣味"だった。
落とされた靴下を拾ってははかせ、また、落とされては拾ってはかせ...を繰り返していると、いつまで立っても家に帰り着かない。だから、"靴下ぽいっゲーム"は2回までつきあい、あとは裸足のまま放っておくことにしていた。
その日も、いつものように裸足になった娘を乗せたベビーカーを押して、家路を急いでいた。
すると、交差点ですれ違ったばかりの自転車がすごい勢いでUターンして戻ってきた。
相手は中年女性。子育てに関して超初心者であるアタシは、この分野のアドバイスはどんなことでも、まずは謙虚な気持ちで聞くことにしている。だから(アタシにしては珍しく)素直な気持ちで聞き返した。
すると、女性。
そう言って、再び自転車に股がり、さっさとその場を去ってしまった。
Uターンしてまでのヒトコト言いに来たのだから、絶対に子育てのベテランだと思ったのに。もしかして、虐待と間違えられた?
その場に残されたアタシの心は...。
母の心の中に吹く北風に気づいたのか、娘、おとなしく足を出し靴下をはかせる。
...あのオバサマのヒトコトも効果があったのかもしれない。
