30分くらい待った後、領事に会うことができた。
しかし、それは取材のアポを取るための面会ではなく、取材そのものだった。
取材モードではなかった私は少し焦ったが、聞きたいことはすでに決まっていた。
「ナイジェリアでは、なぜ幸せを感じる人が多いのですか?」
この取材を行なったのは、2003年度の"世界でもっとも幸せだと感じる人が多い国"調査結果が発表された直後のこと。この調査で、ナイジェリアが世界1になったのだ。
ニュースから伝わってくるナイジェリアの現実に、幸せを感じる人がなぜ多いのか、正直なところ、不思議でならなかった。
「お待たせして申し訳なかったね」。
「いえ、スタッフの方に親切にして頂いたので。それにしても、多いんですね。スタッフの方。待ち合い室で5、6人の方にお声掛け頂いたんですよ」。
「え? あ、それはスタッフではなくて、手続きに来た人だと思いますよ」。
え?スタッフではなく、手続きに来た人が声をかけてくれていたの?
あまりに驚いたアタシは、驚いたままの勢いで、領事に尋ねた。
そして、領事はアタシの驚きぶりに驚いて...。
「大変失礼だが、あなたは外見からナイジェリア人には見えない。外国人なら言葉の問題もあるだろうから、手続きに困ったりしていないか、心配になるのが普通ですよね?」
見知らぬ外国人に親切に声をかけてくれる人たちに驚いた自分がなんだかハズカシイ。
アタシにとって、通りすがりの人は基本的に"アカの他人"。
明らかに困っている様子が伺えたりしない限りは、声をかけたりしない。
でも、ナイジェリア人にとっては----少なくとも、声をかけてくれた人たちは----通りすがりの人々は、単なるアカの他人ではなかったようだ。
話を聞いた領事の話では、ナイジェリアでは失業してもそれほどクヨクヨしないのだと言う。
「お金がないのは、問題。でも、それは悩みじゃないから」。
お金がないからと言って、バーに飲みに行くことを諦めるわけではない。お酒を飲みながら、誰かと語りたければ、とりあえずバーに行く。すると必ずお金を支払ってくれる"誰か"がいる。それを気にすることはない。仕事が見つかって、またお金が出来た時に、お金のない"誰か"におごればいいだけの話なのだから。
これがイイコトなのかは、正直、アタシにはわからない。
でも、"アカの他人≦通りすがり≦友達"であることが、ナイジェリア人の幸せ感に多少なりとも影響を与えていることには違いなかった。
アタシにとって、通りすがりの人って何だろう?

