江戸は人口が100万人を突破していた大都市でした。
その時代にして既にリサイクルシステムが完璧であったというのですから驚きです。
しかし遺跡発掘調査によると、まだ使われるようなものが平気で捨ててある状況が
見られるそうです。
発見物の内容としては、陶磁器や土器などの焼き物のたぐいが多く、銅や鉄などの
金属製品は遺跡からはあまり発掘されていないとのことなので、
陶磁器などはリサイクルされにくいものだったために捨てられたという見方もできますね。
種類もいくつかあって、使い分けをしていたようです。
近世風俗志(五)(守貞謾稿)によると、茶を飲むの碗は茶碗、磁器の飯碗を茶碗
といい、茶用には、「茶のみ茶わん」、飯用には茶漬茶碗を使用していたと記して
あります。
文化頃までは朝顔形茶碗を専用にしており、当時は蓋があるのが通常だったようですね。
ちなみにイラストのように茶用には、蓋がなかったようです。
ついうっかり描いてしまう所でした。
【参考文献】
喜田川守貞、近世風俗志(五)(守貞謾稿)、岩波文庫
発掘が語る千代田の歴史、1998、千代田区教育委員会
江戸のやきものと暮らし、1993、新宿区内藤町遺跡調査会


