腰掛茶屋とは、江戸時代、道ばたや社寺の境内で、
湯茶などを供して休息させた茶屋のことをいいます。
『守貞漫稿』によれば、最初に1斤の価6匁くらいの茶を茶濾の小笟に入れ、
上から湯を注したものを出し、しばらくいると、別に所望しなくても塩漬の桜か
香煎を白湯に入れて出し、客の置く茶代は、1人で100文置く者もいるし、
4、5人で100文あるいは200文置くこともありますが、1人の場合、標準は
24文から50文の間であるとのことです。
腰掛茶屋は、水茶屋と言われることもありますが、掛行灯(※1)に屋号を記した
葭簀張(※2)の簡易な店に、湯沸かし釜や湯呑みを載せた茶棚と腰掛け、あるいは
縁台を置き、前掛けを締めて茶托を持つ女が茶を給仕するといった様子が
浮世絵の至る所で見受けられます。
鈴木晴信や喜多川歌麿などの美人画に「笠森稲荷境内の鍵屋おせん」
や「浅草境内の難波屋おきた」という浮世絵がありますが、彼女等は給仕の女性として
評判が高かったようです。
作品の女性も看板娘のつもりで描いてみました。
【フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より】
※1・掛行灯(かけあんどん)...店の軒先などに掛け、屋号や商品名を書いて
看板としたもの。夜間も店を開けている飲食店などに多かった。
【YAHOO!百科事典』より】
※2・葭簀張(よしずばり)...スゴロ、ヨシなどとよばれる植物の茎を
編んでつくった簀(す)。かやず、たけずより上等品とする所が多い。
細めながらじょうぶで軽いので、巻いて持ち運ぶのに好便とされてきた。
【参考引用文献】
大江戸日本橋絵巻-「煕代勝覧」の世界-、2003、浅野秀剛編 吉田伸之編
浅野秀剛〔ほか〕、講談社
