江戸と言う都市は、将軍家から一般の庶民に至るまで、
様々な階層の人たちが同じ場所で生活をしていました。
居住地の規制は身分によって行われており、武家地が全体の面積の7割、
町人地が全体の面積の2割弱、他、寺社地、幕府御用地と分けられていました。
遺跡調査によると、大名屋敷には庭園の跡が発掘され、18世紀後半以降には
植木鉢が大量に発掘されていることから、当時は園芸ブームがあったと言われていますが
浮世絵の中にも、その様子が垣間見られる作品がたくさんあります。
歌川芳虎「座しき八景の内 上漏の松の雨」や月岡芳年「風俗三十二相 かいたさう」
など当時の人が、いかに栽培や鑑賞に慣れ親しんでいたのかが目に見えるようです。
御殿に庭園、池があったとされることから、江戸は、緑が多い都市だったのですね。
【参考図録・文献・引用著作物】
江戸園芸花尽くし、2009、太田記念美術館
発掘が語る千代田の歴史、1998、千代田区教育委員会
江戸のやきものと暮らし、1993、新宿区内藤町遺跡調査会
